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藤沢市の旧モーガン邸が放火(?)で全焼してしまいました。
神奈川県での活動では、我々とも情報交換しながら保存活動をしてきた団体でした。 残念です。一刻も早い、復興を願っています。 旧モーガン邸を守る会 火事を伝える新聞記事 ◇酒蔵の「復活の場」となる土地を探しています。(ご相談は sakakuraあっとmachien.net 事務局電話0465-32-0964 まで、あっと=@) ◇酒蔵再生基金への募金と出資をお願いしています。 # by odawara-sakakura | 2007-05-13 00:23
2007年5月9日、3年半もの長い間、小早川氏(大長院)に無償で預かって頂いていた酒蔵の基礎石を移動しました。
写真は、そのときの様子です。 重い石を無事に運び終えて、ホッとしました。これも、皆さんのおかげです。 基礎石の新しい預かり場所の提供は、小田原まちづくり応援団の平井太郎さんの所有地を無料で提供いただきました。 基礎石の「石の積み上げ、積み下ろし」は、ボランティアで、「麻生石材(本社八王子市中野上町)」代表の麻生辰也さんと同社スタッフの方にご協力いただきました。(写真参照) このような作業には、プロの技が必要となります。素晴らしい技でした。心から感謝申し上げます。 また、輸送用の4トントラックを「小楠工務店」の小楠さんがボランティアで提供してくれました。 いつも有難うございます。 ![]() ![]() ◇酒蔵の「復活の場」となる土地を探しています。(ご相談は sakakuraあっとmachien.net 事務局電話0465-32-0964 まで、あっと=@) ◇酒蔵再生基金への募金と出資をお願いしています。 # by odawara-sakakura | 2007-05-12 23:50
酒蔵の「復活の場」となる土地を探しています。
(酒蔵の詳細は右のカテゴリ内をクリックしてください) (ご相談は sakakuraあっとmachien.net 事務局電話0465-32-0964 まで、あっと=@) ●酒蔵の使い道 ★なりわい市場・・・仕込み酒の試飲販売、寄木細工の販売、小田原おでんの販売、小田原ちょうちんの販売、小田原ちょうちんペットボトルの販売、小田原ワインの試飲販売、食匠商品の販売など地域商品の市場 ★イベントホール・・・コンサート、絵画展、演劇、映画など ★レンタル・・・レンタルスペース、レンタルBOX、レンタサイクルなど ★観光・・・まち歩きのための観光案内所、商店街コンシェルジュセンターなど ●敷地面積 建坪約30坪の酒蔵が建築可能な土地 (50坪程度の駐車場や空き地などの更地) ●敷地場所 小田原市内で「東海道線と山王川と西湘バイパスと早川」で囲まれた区域内 事務局メールアドレス sakakuraあっとmachien.net または、事務局電話0465-32-0964までお願いします。(あっと=@) 酒蔵の平面図
2006年5月25日、小早川氏(大長院)に無償で預かって頂いていた酒蔵の木材を移動しました。
基礎石は、引き続き小早川氏に預かっていただいています。 写真は、そのときの様子です。 材木の新しい預かり場所の提供は、青年会議所のメンバー所有地を無料で提供いただきました。 ![]() ![]() ![]() ◇酒蔵の「復活の場」となる土地を探しています。 (ご相談は sakakuraあっとmachien.net または、事務局電話0465-32-0964までお願いします。(あっと=@)) ◇酒蔵再生基金への募金と出資をお願いしています。
今日、全国各地で歴史的建築などが急激にその姿を消しつつあります。小田原市でも例外ではなく、中町の相田酒造の酒蔵が取り壊されることになりました。
小田原で唯一利用されていた酒蔵を小田原の宝物として残すために設立された「小田原の酒蔵を活かす蔵人の会」では、「①小田原の歴史、生活を伝える貴重な財産である相田酒造の酒蔵を譲り受け、解体するための資金」と「②小田原のなりわい文化の地域資源として、移築、利活用するための資金」の財源となる「小田原の酒蔵再生基金」への募金・出資活動を開始することになりました。 相田酒造の酒蔵は、小田原久野の地で星野忠兵衛氏が明治15年に創建、その後、相田酒造の創業と共に小田原の早川に移築、大正12年の関東大震災によって井戸が枯れたため、翌大正13年、再度小田原の中町の地に移築された建物です。この酒蔵は、当時のままの酒仕込み蔵として、120余年、現在まで奇跡的に利用され、小田原の酒造家の歴史を伝える唯一の遺構として貴重な存在といえる「なりわい文化の象徴的建物」です。 「小田原の酒蔵を活かす蔵人の会」は、今後、酒蔵をどのように利活用すべきかを検討し、一日も早く、皆様の手で、この次世代に引き継ぐ宝物を、イキイキとしたまちを築くための拠点のひとつにしたいと考えています。 皆様の基金への募金・出資を心からお待ち申し上げておりますので、よろしくお願いいたします。 小田原の酒蔵を活かす蔵人の会 代表世話人 山田敏紀
2006年5月24日の神奈川新聞によれば、野崎幻庵が設計したとされる昭和初期の茶室を、小田原市早川から同市国府津に移築・保存しようと、国府津商工振興会の奥津弘高会長(55)らが移築活動を開始したとのことです。現存する場所が宅地開発を念頭にした売却予定があるためで、移築に必要な資金集め(六百万~七百万円)などに乗り出し、実現を目指すとのことです。
神奈川新聞2006年5月24日号記事 ◇酒蔵の「復活の場」となる土地を探しています。 (ご相談は sakakuraあっとmachien.net または、事務局電話0465-32-0964までお願いします。(あっと=@) ◇酒蔵再生基金への募金と出資をお願いしています。
2005年12月吉日、相田酒造の試飲・体験型新工場が入生田の地に完成しました。
場所は、県立生命の星・地球博物館の横で石垣山一夜城入口と国道1号の交差点、 箱根登山線「入生田駅」からも徒歩1分です。 新工場は、麹づくりの作業見学、箱根水系酒仕込み水の体験、新酒の試飲が可能で、 もちろん蔵元としての直売も実施しています。 相田酒造ホームページ 神奈川新聞2006年1月25日号記事 これで、我々の会でも相田酒造の新酒を活用したイベントができるようになります。 我々の酒蔵再建も負けていられません。一刻も早く完成したいものです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ◇酒蔵の「復活の場」となる土地を探しています。 ◇酒蔵再生基金への募金と出資をお願いしています。
小田原最後の酒蔵・再生展
会期 2005年10月24日(月)~11月23日(水) 会場 小田原ナックギャラリー(小田原ナック3階) 入場 入場無料 展覧会場では、酒蔵に係わった方々をお招きし、「酒蔵講座2005」を開催しました。 これは、東海大学サテライトキャンパス事業の第4弾も兼ねており、3回シリーズで次のとおり開催しました。 ◆日時、講師 ●11月8日(火)19時00分~20時30分 相田隆一さん(相田酒造代表)と小野意雄さん(コモンズリサーチ代表・歴史研究家) 酒蔵の思い出とその歴史 (小野さん作成参考資料) ●11月17日(木)19時00分~20時30分 杉本洋文さん(東海大学計画研究室教授・建築家)と岩越松男さん(水土社代表・土の研究家) 酒蔵建築の活かし方と土蔵について ●11月21日(月)19時00分~20時30分 小沢朝江さん(東海大学建築史研究室助教授) 酒蔵の価値について ◆場所 まちえん@カフェ(小田原ナック3階) 3回とも ◆参加費 ひとり1000円(カフェ付き) 3回とも また、展示の様子が「神奈川新聞2005年10月26日号の記事」となりました。 ![]() ![]() ![]()
小田原最後の酒蔵の建築調査結果、解体時の写真、酒蔵の1/50の模型の展覧会を開催します。また、合わせて東海大学サテライトキャンパス社会実験として実施した「小田原最後の酒蔵再生・活用案発表会」(2005年7月7日)の提案も模型と共に展示します。
展覧会場では、酒蔵に係わった方々をお招きし、「酒蔵講座」を会期中に実施する予定です。 会期 2005年10月24日(月)~11月23日(水) 会場 小田原ナックギャラリー(小田原ナック3階) 入場 入場無料 主催 NPO法人小田原まちづくり応援団 共催 小田原の酒蔵を活かす蔵人の会 東海大学サテライトキャンパス社会実験チーム 協力 お堀端周辺まちづくり協議会 小田原お堀端商店街振興組合 この事業は、国の支援を受けた都市再生モデル調査事業の社会実験の1つとして開催するものです。小田原市は、この事業の推薦団体となっています。 ![]()
我々の酒蔵再生の活用案を検討した東海大学大学院生のサテライトキャンパス授業の様子です。
(指導教員 吉松教授、杉本教授/首相官邸都市再生本部の都市再生モデル調査の一環として実施) 60人以上の参加があり、市民と学生の真剣な意見交換の場となりました。 当日は、調査報告書をまとめられた小沢助教授や小田原まちづくり応援団顧問の加藤教授もご参加いただきました。 小田原まちづくり応援団のホームページ(活動記録/まちえんカフェ0707)も是非ご覧下さい。 神奈川新聞2005年7月11日号で、今回のサテライトキャンパスの様子が「酒蔵再生へ市民グループと大学院生が活動」というタイトルで掲載されました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
東海大学工学研究科大学院では、2005年4月から、当会が所有する「小田原の酒蔵の活用」をテーマとした設計デザイン授業(指導教員 吉松秀樹教授、杉本洋文教授)を実施しており、大学院生約20名が4チームに分かれ、具体的な活用案を作成中です。
今回は、成果の中間段階として直接市民にぶつけるもので、多彩な案が、模型、大型パネル、ビデオプロジェクターを駆使の上、わかりやすく市民に提案される模様。 最終提案は、7月末に完成する予定。(完成後は小田原でギャラリー展を開催する予定。) 大学院生は、提案内容を4月から議論しており、市民に直接ぶつけることで更なる提案のレベルアップを目指しています。蔵の会では、地元市民と大学院生が率直な意見を交わす場になればと期待しています。 「ぞろ目のまちえんカフェ」で実施するため、参加会費1千円(資料代、飲み物+パン2個付き)が必要となります。 なお、「ナック小田原3階 Machien@Cafe」では、7月から来年まで東海大学のサテライトキャンパス社会実験を同所で実施する予定とのことですので、今後も多彩な授業が開催される予定です。 日時 2005年7月7日19時30分~21時30分 企画 まちえんカフェ@ぞろ目0707 場所 小田原市栄町「ナック小田原3階 Machien@Cafe」 参加資格 どなたでも 参加費 ひとり1千円(資料代、飲み物+パン2個付き) 主催 小田原まちづくり応援団 共催 東海大学サテライトキャンパス社会実験チーム 共催 小田原の酒蔵を活かす蔵人の会
入梅前に解体保管中の部材の「テントがけ作業」を実施したいと思います。
酒蔵の会では、山口製材株式会社のご好意で、蔵の部材を無償にて保管していただいています。 しかし、今年は強風の日が多く、腐食防止のため、部材を覆っていたビニール膜が度々はがされ、山口健二社長にご迷惑をおかけしています。そこで、山田代表世話人と小田原のテント製造企業であるオザックス工業株式会社社長の小沢氏と協議の結果、全体を完全防水で覆える特注テントを無償にて、製造していただけることになりました。現在、作成中で、近日中に完成する予定となっています。そこで、この特注テントを巨大な部材の山にかける「酒蔵・テントがけ作業」を実施したいと思います。詳細が決まりましたら、ご連絡いたしますので、世話人、会員の皆様のご協力をお願いいたします。 イベント名 「酒蔵・テントがけ作業」 開催日時 未定 開催場所 山口製材所(中町3-9-35 0465-22-3533)
東海大学工学研究科建築学専攻(大学院、担当杉本教授他)では、小田原の酒蔵の利活用案を前期授業の設計課題として取り組んでいる。現在、多くの大学では、まちづくり現場と学生を直接結ぶリアリティーあふれる授業の導入に力を入れている。
6月には、利活用案が完成し、Machien@cafe(小田原ナック3階)内に近日開設する「東海大学サテライトキャンパス事業」の中で検討結果が、発表される予定となっている。詳細が決まりましたら、ご連絡いたします。 イベント名 「東海大学サテライトキャンパス事業」 開催日時 未定 開催場所 Machien@cafe(小田原ナック3階)
小田原ナックギャラリーで開催した「小田原最後の酒蔵・再生展」展示の様子が「神奈川新聞2005年10月26日号の記事」となりました。
小田原ケーブルテレビのチャンネルガイド誌「いちごチャンネル」の7月号に「今、地域がおもしろい/小田原酒蔵再生」という特集記事で掲載されました。
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小田原の酒蔵を活かす蔵人の会では、小田原最後の酒蔵を移築再生するための敷地を募集しています。
応募の連絡先は、 事務局メールアドレス sakakuraあっとmachien.net または、事務局電話0465-32-0964までお願いします。(あっと=@) ●敷地面積 建坪約30坪の酒蔵が建築可能な土地 (50坪以上の駐車場や空き地などの更地) ●敷地場所 小田原市内で「東海道線と山王川と西湘バイパスと早川」で囲まれた区域内 ![]() 酒蔵を活かす蔵人の会は、小田原の歴史、生活を伝える貴重な財産である築122年の酒蔵 を譲り受け、解体移築し、利活用に必要な人・知恵・資金を集め、利活用するための具体的方法やその担い手を検討する組織です。 市民を初めとする有志23人によって、平成16年10月21日に結成され、会員数は27名です。 現在会員募集中です。(ご興味のある方は、下記メールアドレスでお問合せください。) ・右写真は、酒蔵での募金コンサートの様子 (リンクもご参照ください) ●検討中の利活用案 ★なりわい市場・・・仕込み酒の試飲販売、寄木細工の販売、小田原おでんの販売、小田原ちょうちんの販売、小田原ちょうちんペットボトルの販売、小田原ワインの試飲販売、食匠商品の販売など地域商品の市場 ★イベントホール・・・コンサート、絵画展、演劇、映画など ★レンタル・・・レンタルスペース、レンタルBOX、レンタサイクルなど ★観光・・・まち歩きのための観光案内所、商店街コンシェルジュセンターなど メールアドレス sakakuraあっとmachien.net または、事務局電話0465-32-0964までお願いします。(あっと=@) 会員登録の方は、氏名、住所、メールアドレスを明記の上、送信してください。 リンクを設定される方は、ご自由にどうぞ。
●小田原最後の酒蔵とはどんな建築か?
建築年 明治15年9月19日(1882)上棟 築122年 構造 木造平屋、土蔵造(切妻造・置屋根) 規模 梁間4間半・桁行7間、約31.5坪 施主(当初) 星野忠兵衛(現小田原市久野) 施主(移築) 相田磯吉(早川村、慶応3年・1867年生~昭和7年・1932年没) 大工棟梁(当初) 久津間源次郎(現小田原市久野) 酒蔵の歴史 ★明治15年、星野忠兵衛氏が現小田原市久野の地に酒蔵として建立 ★明治22年、現小田原市久野の地(星野氏)から 現小田原市早川の地へ(相田酒造)最初の移築 ★大正13年、関東大震災で相田酒造の井戸が枯れ、相田酒造と共に現小田原市中町の地へ2度目の移築 ★平成16年、相田酒造の入生田への移築に伴い、「小田原の酒蔵を活かす蔵人の会」へ譲渡、現在解体保存中 (3度目の移築へ向けた準備中) ●買取り(譲渡) 平成16年9月19日、相田酒造から「小田原の酒蔵を活かす蔵人の会(準備組織)」へ解体費用相当額で譲渡 ●「小田原の酒蔵を活かす蔵人の会」の設立 設立日 平成16年10月21日
酒蔵の思い出とその歴史
小野 意雄さん(コモンズリサーチ代表・歴史研究家) (1)相田酒造 ◆相田酒造の創業~明治22年(1889) 早川での酒造り~商標「早嘉和」「早川正宗」 早川から中島へ~土地の取得・造成、蔵の移設 昭和13年(1938)の再開 商標・銘柄「智恵袋」へ ◆3代目として ~80年の歳月/大正14年(1925)生 子どもの頃、蔵主教育、店主として杜氏、蔵人の逸話 ◆戦後の酒造り ~井戸の深さ/上総掘りと機械掘り 酒造りのプロセスと技術革新と商売の動態 蔵の使い方と関連施設・設備の配置 ◆4代目への期待、風祭の新しい工場・お店のこと (2)小田原の酒造りの歴史 ◆小田原北条時代 「韮山の江川前より大樽受取」北条印判状(天正18年) ◆江戸幕政では、「酒造り株」免許 小田原藩では、農民に酒造り免許 天明8年(1788)の酒造り株改め 小田原町内に酒造りなし 松田惣領、金井島、吉田島、牛島 ◆稲葉時代 稲葉・永代日記「柴田屋四郎兵衛 酒作り候」 「誠和採筆」~諸白小路に大阪から若い酒杜氏を呼ぶ 「岡田家文書」~一丁田に幸左衛門、新宿に田治郎 ◆小田原藩 文化年間 国産方役所開設 文化9年 領内における下り酒や他領の酒の売買禁止 ◆日野屋権左衛門 文化9年(1812)、御殿場村より岡本村に進出 文政2年(1819)、池上村に転出 ◆万年町に辰野 ◆明治30年(1897) 「八州通商録」 新玉一丁目 伊藤市兵衛 清酒醸造元 万年四丁目 狩野屋今井徳左衛門 清酒醸造元 ◆明治33年(1900) 「神奈川県百家名鑑」 新玉町一丁目 丸屋、万年町二丁目 八尾、緑町 大西屋、 万年四丁目 狩野屋、幸町三丁目 玉ノ井、 葦子村池上 日野屋、葦子村荻窪 熊沢屋、久野村中久野 ◆大正2年(1913) 「小田原案内図」 池上 日野屋、板橋 内野酒店、十字1 泉本店 万年4 今井本店、万年4 立野酒店 ◆大正5年(1916) 「神奈川県ニ於ケル酒造業」県内務部 板橋 内野、池上 山中、早川 相田、 小台 綾部、桑原 沢地、小八幡 栗原 国府津 鈴木、下中 岸、万年 立野(休業) ◆大正15年(1925) 「最新小田原案内図」 かのや今井本店、伊藤市兵衛、北沢商店、日野屋 (3)星野家坊所の「柳川」の蔵 ◆建設 明治十五年九月十九日 土蔵棟上ノ吉日 土ウチ十月十三日 明治十五年九月十九日 大工棟梁久津間源次郎 神奈川相模国足柄下郡棒所歳廿二歳 星野忠兵衛 廿二歳ト壱月 ◆廃業 明治十八年 はやり病により、 当主忠兵衛夫妻、父親、長男夫妻ほか死亡 ◆所在 久野村坊所/日向地区 ◆居住 元禄のころ/初代 長左エ門、現当主/12代目 ◆酒造り 7代忠兵衛、8代忠兵衛、9代善太郎 ◆水源 水神の森(星野家所有林)の湧水「柳の水」を用水路で引き水 通年/摂氏12~13度、弘法大師伝説あり 久野川の支流/坊所川の日陰沢の上流 ◆酒蔵跡 居宅の北側地約100坪(現水田) ◆蔵の譲渡 早川の相田磯吉氏に譲渡 明治22年(1989)に、相田酒造の蔵として再生 今日、全国各地で歴史的建築などが急激にその姿を消しつつあります。小田原市でも例外ではなく、板橋や国府津でもこのような状況が顕著になっています。 小田原唯一の酒造である相田酒造の酒蔵は、小田原久野の地で星野忠兵衛氏が明治15年に創建、その後、相田酒造の創業と共に小田原の早川に移築、大正12年の関東大震災によって井戸が枯れたため、翌大正13年、再度小田原の中町の地に移築された建物です。この酒蔵は、当時のままの酒仕込み蔵として、120余年、現在まで奇跡的に利用されていました。 平成16年8月、相田酒造は、より優れた酒の生産体制へ移行するため、入生田に移転することになり、酒蔵を合わせて移転する計画も検討しましたが、十分な敷地の確保ができず、やむを得ず酒蔵を取り壊すことになりました。 そこで、我々設立発起人会は、「小田原の歴史、生活を伝える貴重な財産である相田酒造の酒蔵を譲り受け、小田原のなりわい文化の地域資源として利活用すること」を目的とした「小田原の酒蔵を活かす蔵人の会」を設立することにしました。 この会は、今後、酒蔵を解体、移築、利活用に必要な人・知恵・資金を集めるとともに、利活用するための具体的方法やその担い手を検討します。 一日も早く、皆様の力を結集し、小田原のなりわい文化という財産を引き継ぎ・活かす“場”を築き上げましょう。 平成16年9月吉日 小田原の酒蔵を活かす蔵人の会 設立発起人会代表 山田敏紀
第1条(名称)
この会は、「小田原の酒蔵を活かす蔵人の会」という。 第2条(目的) この会は、小田原の歴史、生活を伝える貴重な財産として、酒蔵の存在と価値を広く市民に知らせ、酒蔵を解体、移築し、小田原のなりわい文化の地域資源として利活用することを目指し活動する。 第3条(活動) この会は、第2条の目的を達成するために、次の活動を行う。 1)関係諸機関に働きかける。 2)見学会、交流会、勉強会、講演会等を開催する。 3)寄付・カンパ・出資などの活動を実施する。 4)その他、目的を達成するために必要な活動を行う。 第4条(世話人会) 世話人会は、世話人により構成し、この会の運営を行う。 第5条(事務局) この会の運営のための事務局は、小田原市東町4-4-6けんとす珈琲館に置く。 第6条(会員) 会員は、会の目的に賛同し、年会費を納入したものとする。 第7条(会計年度) 毎年10月 21日より翌年10月20日までとする。 第8条(年会費) 年会費は、一口1000円とする。
小田原の酒蔵再生基金への募金・出資にご協力ください。
●小田原の酒蔵再生基金とは 小田原の酒蔵再生基金とは、小田原の酒蔵を活かす蔵人の会が、小田原の酒蔵を再生するため設置した街づくり支援基金の愛称です。 ●酒蔵再生基金の目標 4,000万円 ●酒蔵再生基金の募集期間 第1次 平成16年10月21日~平成18年10月末日 第2次 平成18年10月21日~平成20年10月末日 ●小田原まちづくり百蔵人衆としての出資による方法 小田原まちづくり百蔵人衆(ひゃくくらうどしゅう)とは、ふるさと小田原に対する思いを持ち続け、より良い小田原の街づくりに向けて力を結集していただける「プレステージメンバー(限定100名)」のことです。 小田原まちづくり百蔵人衆は、一口50万円の出資(出資は一口のみ)をお願いします。 出資は、酒蔵の移築再生費用と完成後酒蔵の運営を担う組織である「まちづくり会社」に移行する際の出資にも充当します。 出資に対する利益返還は、町の発展をもって見返りとします。 酒蔵完成の折は、小田原の街づくりへの貢献を感謝する証として、酒蔵内に「小田原まちづくり百蔵人衆・プレステージプレート」を掲示いたします。 ●小田原まちづくり千蔵人衆としての募金による方法 ①「小田原まちづくり千蔵人衆(せんくらうどしゅう)」とは、より良い小田原の街づくりに向けて力を結集していただけるメンバーのことです。 小田原まちづくり千蔵人衆は、一口10,000円の募金(口数と募金回数は自由)をお願いします。酒蔵完成の折は、酒蔵内に名前を刻ませていただきます。だだし、この募金は、所得税額控除などの対象とはなりません。 ②10,000円未満の募金もありがたくお受けいたします。 ●基金の事業使途 解体保存費用(一時、解体して部材で保存します)、再建築工事費用など必要な事業費の投入は、募金・出資の状況に合わせ、基金の取り崩しによって進行させます。大切な募金・出資の投入をより効果的に行うため、誠に勝手ながら募金・出資の事業への使途は、本「小田原の酒蔵を活かす蔵人の会の世話人会」に一任させていただきますので、ご了承ください。 ●解体移築が成就しなかった場合の募金・出資の返還 本「小田原の酒蔵を活かす蔵人の会」による解体移築が成就せず、募金・出資の返済が必要となる場合は、募金・出資額から、振り込み手数料・それまでに要した事務費(印刷費と通信費)を募金・出資割合で差引いた全額を、募金・出資者に返還します。 ●募金・出資は下記銀行へお振込みください。振り込み後は、事務局まで電話にて住所・氏名をご連絡ください。(振り込み手数料と通信費はご負担ください) ◆送金方法 銀行振り込み 口座番号 三井住友銀行 小田原支店(862) 普通預金 3629363 加入者名 小田原の酒蔵を活かす蔵人の会 代表世話人 山田敏紀 小田原の酒蔵を活かす蔵人の会代表世話人 山田敏紀 事務局 250-0045 小田原市城山2-27-12(ギャラリー&カフェ空内・平井丈夫) 電話0465-32-0964 メールアドレスsakakuraあっとmachien.net(あっと=@)
★代表世話人
山田敏紀(小田原在住 前日本青年会議所専務理事) ★副代表世話人 角田克宏(小田原在住 小田原銀座商店会会長) 田代勇生(小田原在住 小田原おでん会会長) 露木清勝(小田原在住 街かど博物館館長連絡協議会会長) 相田良一(小田原在住 相田酒造社長) 平井丈夫(小田原在住 NPO法人小田原まちづくり応援団理事長) ★世話人(※事務局) 青木洋江(真鶴在住)※ 石塚義孝(小田原在住 小田原やんべぇ倶楽部会長) 平井太郎(小田原在住) 杉本洋文(湯河原在住 東海大学教授) 小早川のぞみ(小田原在住) 石崎雅美(開成在住) 杉山三郎(小田原在住) 津田朝子(小田原在住) 河千田健郎(茅ヶ崎在住) 岩瀬照子(小田原在住) 岩田将(小田原在住)※ 小嶋大介(小田原在住) 桜井昭弘(小田原在住) 上田博和(小田原在住) 菊場康雅(小田原在住) 吉澤仁(小田原在住)※ 内藤英治(東京在住)※
小田原市・相田酒造酒蔵調査報告書
2004年9月14日 東海大学工学部建築学科建築史研究室 小沢 朝江 I. 調査の概要 本調査は、相田酒造の移転に伴う酒蔵の解体に先立ち、平面・断面の実測および建築物の来歴や特徴の調査を行うものである。調査は、東海大学工学部建築学科小沢研究室が担当し、2004年8月7日(土)に実施した。調査参加者は下記の通りである。 小沢朝江(東海大学工学部建築学科 現在教授) 田口沙央里(東海大学大学院工学研究科建築学専攻博士前期課程) 中山智博、湯浅紳一朗、宇賀神充、内川亜紀(以上、東海大学工学部建築学科4年) II. 調査結果 1.建築物の概要 (1)名称相田酒造酒蔵 (2)所在地小田原市中町1-7-10 (3)規模・構造形式 梁間4間半・桁行7間、木造、一部2階建、土蔵造。切妻造・トタン葺(置屋根)。 (4)建造年代 明治15年(1882)星野家の酒蔵として創建〔2階根太墨書。明治15年9月19日上棟〕。 明治22年(1889)早川村(現在の小田原市早川)の相田酒造に移築〔相田隆一氏より聞き取り〕。 大正13年(1923)相田酒造、小田原中町へ移転、酒蔵を移築〔相田隆一氏より聞き取り〕。このとき、置屋根修理、軸部の金物補強を行う。 2.相田酒造の沿革と酒蔵の建設年代 ![]() 相田酒造は、明治22年(1889)に旧早川村(現在の小田原市早川850、久翁寺境内)で酒造業を始めた。初代・磯吉氏(慶応3・1867生〜昭和7・1932没)は、当時早川村村長を務めており、明治6年の酒造免許の自由化を受けて酒造業に進出したという。現存する酒蔵はこの創業時に、やはり酒造業を営んでいた星野家から譲り受けて移築したもので、江戸時代創建との伝承を持つ。しかし、蔵の2階床の根太上端および野地板から下記の墨書が発見された。 〈根太1〉 明治十五年九月十九日 土蔵棟上ノ吉日 土ウチ十月十三日 〈根太2〉 明治十五年九月十九日 大工棟梁久津間源次郎 歳廿二才ト壱月 神奈川縣相模國足柄下郡久野村棒所 星野忠兵衛 〈野地板〉 神奈川縣相模國足柄下郡久野邑棒所 星野忠兵衛 久野村中久野大工棟梁久津間源次郎 施主として相田家ではなく「星野忠兵衛」の名があることから、酒蔵はこの明治15年に創建されたと判断される。星野家が酒造業を始めたのは7代目忠兵衛(明治18・1885年没)の時とされ(小野意雄氏の星野清治氏への聞き取りによる)、明治15年という年代はこの点とも矛盾しない。 なお、この酒蔵の部材のうち、小屋組中央の2本の梁は他の材に較べて仕上げ等に古色を感じさせる。このため、明治15年の工事が新築ではなく改造・増築の可能性も考えねばならないが、解体の結果、この梁をはじめ、梁を受ける丸柱や桁行方向の繋ぎ梁などには現状以前の改変の痕跡は全く認められなかった。また、桁行方向の側廻りの柱間は6尺×7間を12等分した寸法で、中央の丸柱の柱列も側柱に対応していること、柱間に架かる床桁や繋ぎ梁に柱間を変更した痕跡は見られないこと、棟通りの大梁が7間を1本で架けていることなどから、創建当初から4間半×7間の規模だったことが明らかである。以上の点から、一部に年代の遡る材は混在するものの、この酒蔵は明治15年に現在の規模で創建されたと判断される。 大正12年(1923)、相田酒造は関東大震災で被害を受け、また水源となる井戸が枯渇したため、磯吉氏の妻の実家の縁戚の所有地だった小田原市中町へ移転する。このとき、酒蔵を移築するとともに、隣りに同規模のトラス構造の酒蔵1棟を新築した(現存)。酒蔵の部材には、目に付く場所に番付が打たれているが、これは大正の移築時のものと考えられ、また羽子板ボルトなど金物の付加も震災後によく見られる特徴であって、大正の移築時に構造補強が行われている。 3. 相田酒造酒蔵の特徴 相田酒造酒蔵は、梁間4間半・桁行7間の規模を持ち、このうち梁間の中央2間分のみ2階造とする。ただし柱間は、桁行方向は先述の通り7間を12等分し、また梁間方向は4間半のうち2階のある中央を2間、残り2間半を左右に等分して、それぞれをさらに等分した柱間を用いるため、柱間1間ごとの寸法は中途半端な寸法で、かつ桁行と梁間で異なる。この蔵は仕込蔵として用いられており、2階部分は酒母や麹の室(むろ)となる。仕込蔵の典型的な平面である。 小屋組は登り梁形式だが、登り梁を柱と棟木の途中、中央間(2間)の両端に架かる桁行の繋ぎ梁でも支える。この繋ぎ梁を受ける梁を直径1尺2寸の丸太の通し柱で支え、また棟通りの大梁は桁行7間を1本で架けている。相田酒造の酒蔵の場合、登り梁と小屋梁を併用する点が特徴といえる。酒蔵の構造は、江戸時代後期頃までは一般的な土蔵と同様、梁間中央に柱を立てて棟木を支え、この棟木と側柱を登り梁で結ぶ単純な登り梁構造とする例が多いが、明治期以降の酒蔵の大規模化に伴い、和小屋と登り梁を組み合わせた構造が次第に工夫され、さらに明治末から大正期にトラスが用いられるようになる。相田酒造の酒蔵は、ちょうどこの移行期の例といえ、4本の丸太柱と大梁・登り梁を組み合わせた骨太な構造が最大のみどころである。変則的な構造は、あるいは太い小屋梁を用いるために工夫されたものかもしれない。 屋根は置屋根で、上記の小屋組の野地板の上を厚さ約10cmの土壁で覆い、その上に改めて屋根を架ける。また外観は、仕込蔵という用途のため窓が妻側1箇所しかなく非常に簡素だが、正面の幅8尺(約2.4m)の大塗戸が重厚な印象である。 以上のように相田酒造の酒蔵は、明治15年に創建され、明治22年、大正13年の2度の移築を経て現存する建物であり、かつては多数存在したという小田原の酒造家の歴史を伝える唯一の遺構として貴重な存在といえる。
◆第1回酒蔵講座(2005.11. 8)◆ 「酒蔵の思い出とその歴史」 相田酒造代表の相田隆一さん、歴史研究家の小野意雄さん
◆第2回酒蔵講座(2005.11.17)◆ 「酒蔵の活かし方と小田原の土蔵」 東海大学計画研究室の杉本洋文教授、土の研究家で水土社代表の岩越松男さん ◆第3回酒蔵講座(2005.11.21)◆「酒蔵の価値」 東海大学建築史研究室の小沢朝江助教授
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